患者住民参画に関する日経での連載
日本経済新聞のコラム「向き合う」に、患者住民参画に関する記事を掲載していただきました。
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(1)妻の遺した言葉が突き動かす
向き合う~NPO法人がん政策サミット理事長 埴岡健一さん
2018年3月19日付
22年前の1996年2月、米国駐在中に妻が白血病と診断された。米国で骨髄移植など治療を試みたが翌年3月、私と7歳の息子に見送られて妻は36歳で逝った。「命があれば、これからの患者さんがしなくていい苦労をしなくていいように尽くしたい」。妻の遺(のこ)した言葉が私を突き動かした。
帰国後の97年7月、まず1年余り書き続けた闘病記をインターネットで公開した。日本の骨髄バンクを支援するボランティアもした。日本の骨髄バンクは設立から6年が過ぎていたが米国に比べて移植前の調整時間が長く、移植が間に合わない患者も多いことを知った。
「基本的な情報が公開されていないのは理解しがたい」。闘病記の公開がきっかけでパネリストとして招かれたシンポジウムで、独自に入手していた病院別の骨髄移植実績数のリストを配布した。「助かるはずの命が失われている」という思いから、99年には骨髄バンクの事務局長を引き受けた。
勤務先を退職して全力で取り組み、4年で情報公開や患者と骨髄提供者(ドナー)の調整時間の短縮などにめどをつけて事務局長を辞した。次に湧いてきたのは「日本のがん対策は世界レベルか」という疑問だった。
白血病はがんの一種。がんは日本人の死因のトップなのに、法律も情報センターもなかった。厚生労働省に専任者さえいない。病気の重さに比べ、余りにも対策が不十分だった。
当時、国内で可能な治療がなく、転院先を見つけられない「がん難民」も発生していた。患者・家族らが立ち上がり、2004年に初めての「がん患者大集会」が大阪で開催された。
思いを対策として継続させるため、患者・家族有志らと「がん対策基本法」の必要性を与野党幹部に訴えて回った結果、06年の通常国会で議員立法として提案された。国会では山本孝史議員(故人)が進行していた自らのがんを本会議で告白して早期成立を訴え、廃案になる会期末直前に全会一致で可決した。「患者の声に基づく市民立法」と呼ばれる法律が成立した。
はにおか・けんいち 1959年兵庫県生まれ。大阪大文学部卒。日経ビジネス副編集長を経て、日本医療政策機構理事や東京大公共政策大学院特任教授を歴任、2016年から国際医療福祉大大学院教授を務める。
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(2)地域の動きが国を動かす
2018年3月26日付
2007年に施行したがん対策基本法では、がん対策を審議する国の「がん対策推進協議会」に患者・家族の立場の者が委員として入ることが規定された。私も初の委員になった。
最初の仕事は今後5年間のがん対策の骨格となる基本計画をまとめることだった。4月から審議し、6月には閣議決定するという突貫作業だったため有志の委員5人で合宿し、共同提案書を5月に協議会に提出した。09年にはがん対策予算に関する提案書も厚生労働相に手渡した。患者関係委員には政策決定に関わっている実感とともに、責任感の重圧も大きかった。
国の基本計画を受け、各都道府県は計画を作るが、県レベルの協議会の患者関係委員などから「政策の仕組みや効果的な活動について勉強をしたい」という希望を聞いた。欧米では政策提言する患者のための研修があることを知り、見学した。
見学を通じて「日本でも患者関係委員を支援する仕組みが必要」と考え、09年から「がん政策サミット」というイベントを年に1、2度、17年秋までに15回開催してきた。都道府県から患者委員、行政関係者、拠点病院の医療者、議員や地方紙メディアなどが参加する。好事例を一緒に学び、地元に帰って共に取り組むのだ。
サミットに参加した患者関係者の地元での活躍は、地域の計画や行政予算への影響など枚挙にいとまがない。ここでは県の「がん条例」が全国波及することに果たした貢献を紹介しておきたい。
地元の患者の声を受け最初に条例を作ったのは島根県、そして高知県が続いた。条例ができると地域ぐるみのがん対策が活性化することが報告され、「自分のところでも作りたい」という声が相次いだ。
がん政策サミットの場で、策定済みの県の患者、議員、行政が講師となって「条例の作り方講座」を開いた。今ではほとんどすべての県にがん条例がある。地域から地域への波及効果が大きかった。
最初の条例は8カ条。12年ごろには30カ条を超えるものが現れ、内容も各段に充実した。がん対策基本法は10年目にして改正されたが、国会が改正に動いた理由の一つが「条例が基本法を上回ってきたため」だった。患者の声が地域から地域に波及し、国を動かす要因となった
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(3)患者目線の計画少なく
2018年4月2日付
4月から都道府県で新しいがん計画と医療計画が実施される。「患者参画」が明記されているか、患者納得度など「患者状態に関する目標」を設定しているかは対応が分かれた。
がん計画(素案)を読み比べたところ、約10県は患者・団体に「がん対策の議論に参加する」といった位置づけを与えている。他県は「がんの予防や検診に努める」「医療者と協力しながら治療を進める」などの表現にとどまっている。医療、緩和ケア、相談支援などそれぞれの分野で「患者の状態を目標として設定したか」をみると、10県前後しか設定していない。
たとえば緩和ケアでは「患者の痛みが軽減されていることを目的とする」「痛みのデータを患者調査により計測する」「施策として全患者に痛みがあるか尋ねて対処する」というふうに、目的と対策を明示した県もある。一方で「医療従事者に緩和ケア研修を実施する」など施策を並べただけのような県も多い。
医療計画でも状況は同じである。脳卒中、在宅医療など11の分野別に患者状態に関する目標をできるだけ記載しようとしたかどうか分かれた。
対策の効果が患者に届くかを見極める有効なツールとして「ロジックモデル」がある。一枚紙の右側に目指すべき患者状態を、真ん中にそこに至る中間ゴールを、左側にゴール達成のための施策を書く。それぞれに指標データを添える。狙いと活動がマッチしているか、施策の実施で患者状態が改善するかなどを一目でチェックできる。
ロジックモデルを使ったワークショップの参加者に感想を聞くと、「何のために対策をやっているのか確認できる」「何が優先策か見えてくる」「関係者でゴールを共有し建設的な議論ができる」といった声が多い。
4月からの医療計画やがん計画にロジックモデルの図表を採り入れた県も出てきた。患者・住民に対策が届いたかを評価する必須アイテムになると思う。
さまざまな疾病において、死亡率、治療成績、医療サービスの提供頻度などの地域差が示唆されている。住む場所で運命が左右されないような均てん化(あまねく最良な状態になること)が目指すべき姿だ。自分の県の「患者参画」「患者状態目標」「ロジックモデル」の記載はどうか。県庁サイトで確かめるのも参画の一歩となる。
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(4)政策決定に患者・住民参加を
2018年4月16日付
4月は「惑星直列」の月である。国の診療・介護報酬の改正のほか、都道府県の医療計画やがん計画などの10余りの医療福祉関係の計画といった重要な政策が同じタイミングに改定を迎えるのはきわめてまれで、そう呼ばれる。超少子高齢の人口減少社会の準備をするラストチャンスの制度改革とされる。
日本医療政策機構によるアンケートでは「(医療)制度決定への市民参加の度合い」に関して国民の満足度が際立って低い。地域の住民が地域の計画や政策の決定に参画し、主体的に活動するかどうかが、今後の日本社会を左右するだろう。
だが今回の計画策定においては、患者・住民参画に関する姿勢は、まだら模様となってしまった。ばらつきが生じるのは患者・住民参画が法律で規定されているのではなく地域の裁量になっているからだ。
がん対策基本法では国の協議会に患者関係者の参加が規定されているが、国の審議会、協議会、検討会で患者関係委員の参加状況はまちまち。医療計画策定への患者・住民参画は厚労省局長通知に書かれているが、通知では拘束力が弱い。患者・住民参画を疾病やテーマ横断の一般原則とする必要がある。
いま「医療基本法」の制定活動がある。環境、教育など主要領域には全体の理念を定め、憲法と個別法をつなぐ基本法がある。ところが医療のような重要分野で、それがない。医療の法令体系がつぎはぎ状態で、時代の変化への対応も遅れる。
患者の声協議会など5つの患者市民団体が共同骨子7カ条を策定し、医療基本法の早期制定を提案している。日本医師会も、基本法の制定を求めている。
共同骨子7カ条の一つは、国民参加の政策決定。「患者・国民が参加し、医療の関係者が患者・国民と相互信頼に基づいて協働し、速やかに政策の合意形成が行われ、医療を継続的・総合的に評価改善していく仕組みを形成する」としている。
医療基本法が実現すれば、全国津々浦々で政策決定に患者・住民が参画していることが普通になるだろう。患者のしなくてよい苦労は減り、国民合意で医療財源の確保もされ、国民皆保険も堅持される……。超少子高齢で人口減少を迎えている日本で困難な課題を解決するためには患者・住民参画が不可欠である。(終わり)■
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